2010/08/06

志摩半島の的矢湾...安乗漁港!

×月×日 Pm22:00...のことだった!いつもは静かな安良里港が、なんだか喧騒に...! 岸ーッ(゚Д゚≡゚д゚)、ペッ壁の釣り人を追いやり、ヨットが1艇なにやらご禁制の荷を積み込んでいる風体なのだった。ふむ( ゚_¨゚)´_¨`)ふむふむ...あれは千両箱か?二つ、三ぃっつ...お~っ三千両?? ん~ン Asahi-Beer...どうやら越後屋差し入れの、ご禁制のビールのやうで有る!
お~し♪♪...出航! デンデンデンデン...3GMの軽やかな排気音と共に、静かに...ひっそりと...夜の駿河湾に出航して行ったのだった。波をオザボオザボとかき分けて...
とりあえず...向かうは御前崎...そしてその先は伊勢志摩半島の的矢湾!安乗漁港である。まずはブシュー!×3...もう一丁!ブシュー!×3...前祝は前途の多難さを物語るように、プルトップの数を重ねるのであった!これから20時間...夜の駿河湾から遠州灘を越えて、不動明王が恥じらいもなく突き進むのは...ただ単に西へ行く!
...オザボに逢いに?呑みに?いく!...だけが目的であった。
いつしか未明に御前崎通過!2時間ワッチの3交代!疲れと眠気と向かい波!さらに加えて真上りの風!すべての役者が揃ってジャマするってエ~訳だ...いずれそのうちに到着するだろう!ぐらいの悠長な心構えでちょうど良さそうである。
夕方17:00 近く、正面に的矢湾の燈台が見えてきた。シズシズと、ど真中のブイに沿って入湾し、漁港に舳先を向ける。前もって携帯でお願いした、今日の停泊地は生簀横付けである。これまで入港された皆さんがご指定の槍付け岸壁はこの上の写真の左側だが、今日は干満が2mは有りそうだ。イケス横抱きであれば干満ゼロ!
さて安乗漁港は...他でも同じだと思うが火曜日が漁港の定休日なのだ。当然!食堂など道連れに指定休?となるようで、この日は何処も休みのようだった。
前もって調べておいた水産会社 丸勢さんに電話を入れて見ると、案の定×××とのこと!楽しみにしていたお肴さんに出会えないのか...?ズ~ット...我慢してきた生ビールは...何処!
だが停泊場所、ねぼ~や立寄り温泉、ご親戚のお寿司屋さんと...突然の訪問者にも係らず、バイクで港まで来てくれて親身に紹介して下さった。
詳細はこの図を参照されたし!個人情報保護法も有るので電話番号など必要なことは私にご連絡下さい。
と、ところで...この航海中に煙草が切れた!マァジ~!しかたが無いから禁煙した。ついでにヒゲも剃らずに5日間過した。今日でおよそ2週間...続いている。誉めてくれ!俺は誉められて大きくなるんじゃ~!場合によっては木にも登るぞ...がぉ~っ!

2010/08/04

ヘルシンキ!名門NJK ヨットクラブで...

1999年初夏...フィンランドの首都ヘルシンキ!港ではフリーマーケットが毎週開かれ、野菜などを舟で売りに来ている人達もそれを待望んでいる常連客達も...それこそ様々な野菜・果物が並べられ、賑わっていた。
穏やかな波を受ける坐りの良い石積みの護岸では、初夏の風を受け耀く太陽を精一杯受けて、出来うる限りの時間を潰した。時折、こちらでは当たり前の袋につめた茹エビの殻を剥き、食べ歩きしたものだった。
そして暫く世話になった名門NJKヨットクラブ。写真の島全部がNJK-YC だ!( Nylandska Jaktklubben (NJK) on Helsingin)島唯一の建物の2階は、贅沢な雰囲気のレストラン!各テーブルのキャンドルは年代物の逸品!当然、我らが行く場所ではなかった!
ハーバーマスターはここに停泊している間は、自由に使ってくれ!日本の国旗まで対岸の国際ホテルから調達して、島のこのメインポールに掲げてくれた。
あぁ!ずぅ~っとこのままで居たい!この椅子から離れたくない!行き交うボート、ヨット、カモメ(о'д')b...乾いた空気!抜けるような青空......ね!満足そうでしょ~!
対岸の国際フェリー発着所にはVIKING/SILJA-LINEの大型フェリーが接岸し、乗客たちの夢を乗せて、ひっきりなしに出航していく。
離れがたしヘルシンキ!だが我々も、50マイル対岸のエストニアを目指し後ろ髪を引かれながら出航したものだった。できればこの大型のフェリーで行きたかった。ヘルシンキからはJetフェリーに乗り数時間でタリンへの旅も可能なのだ。
この後ろ髪がそうさせたのか、不思議なことに風も吹かず波も立たない海面を丸一日かけてエストニアの首都タリンにスムースに入港し、艇はオリンピック用に設えられたマリーナで舫うことができた。
ここではパスポート、入国審査も同時に出来るのだ。街まではバスで10分余りをローカルバスで、時間通りそして快適に移動し、清潔で明るく軽快なタリンの中心部に降り立った。
【Old Town 】城壁に囲まれ、条例で新築物は建造できない。旧建築を守り、当然ながら生活し実用として観光用としても利用しているのだ。
丸一日あてどもなく歩いても、パブで地ビール1杯で半日粘ろうとも、現代の空間に居るとは思えなかった。中世の世界にいきなり飛び込んだような錯覚さえ起き、時間がゆっくりと流れる...オザボの棲家もこの辺か...
アスファルトでもコンクリートでもなく石畳の道路が坂道を造り上げ、小路には幾世紀に渡り通行する荷車の重みにも耐えて磨り減ったレンガに導かれて旅人を誘うのだった。
城壁に夕闇が迫り、ランプが灯り、闇の帳が辺りを支配していく。首筋を逆立てた気配に振向けば...黒マントに包まれた僧侶が、鉄兜の騎士が...幾世紀か前のその時代にワープしたかのような感覚を覚えたものだった。

2010/08/03

安良よっと 安良里仕様乗艇用ゲート

安良里では漁協岸壁からエンジン付伝馬船により、海上係留の安良よっとに乗り込む。1年を通してほぼ北向きに係留していることもあり、船尾方向からに風を受ける。従って伝馬船で乗艇する際は右舷側からが自然と為ってしまった。そこで......
右舷側に乗艇用のゲートを設置することにした。West Marine からペリカンフック、ダイマーニ5/16 を、その他 29.99$ で風を通すために Down-the-Hatch Ventilating Sail (イカ)などを輸入したのだ。
まずはペリカンフックのアイにダイマーニ5/16で Eye Splice を上下2本分施した。このダイマーニ!鋭いはさみでも切断できないのだ。ゴシゴシ何度もはさみの刃を上下させて、やっと抉り切れた!
右舷側にスタンションを1本追加して、専用ベースで固定する。スタンションとベース金具はNJY 純正。ライフラインを其々の長さに合わせ加工しアイナットでエンド処理を施した。
これがまた5/16 インチサイズでそこら辺では手に入らなかった。業者に注文したのだが、時間がかかりすぎ自分で新たに輸入したのだ。次回、スタンション補強に25φ 60°のTee とサイドステー用ステップベースを取り付ける予定だ。
これで伝馬船から水・ビール・手荷物...さらに、わが愛犬ジェネカーをスムーズに乗艇させることができそうだ。ダイマーニが余っているので乗艇フックを付けて見ようと考えている。伝馬船からデッキまで50センチの高低差、デッキから30センチ程にはフットプレートを設置した。
このバウハッチ用の Down-the-Hatch Ventilating Sail は、なかなか使い勝手が良い。蚊帳用のレースカバーを通して涼しげな風が船内を駆け巡る。お値段!29.99$...
後ろの防波堤は一文字堤防
ところでこの6月に田子湾へ遊びに行ったことがあるのだが、安良里にヨットを係留し、田子で11年余り前からお暮らしのY氏から、突然メールを頂きました。メールには航行しているヨットを拡大してみるとVoyager であることを発見し、わざわざ添付してお送りくださったのだ。
お礼のメールにも書いたのだが、自分の帆走中の写真は1枚も無いのだ。機帆走の写真も、何故だか(当然)ないのだ。Voyager 田子湾を行く!その雄姿をご覧くだされ...!

2010/07/26

難儀な旅とも...おさらばじゃ~ぁ!

知ってか知らずか!は、問題じゃぁなかった。船底のキールをリフトUP し90センチにして10㎝の保険を掛けた!その保険も使い果たす運河だった。呑気に Malbok の城を観光し、旨い地ビールに嬉々としていた時間は過ぎた。
8/16・8/18 On The Sand!流れる水量が減り、至る所で80センチに短縮したキールでも立ち往生してしまった。村人に頼み引き舟を探し、川下側へヨットを横倒しにして引きずり落とし、難を逃れたことも2度ほど有った。バウとスターンにロープを取り、バウを心持ち川下へ向ける。その斜めのスタイルで引くとズルズルと、ばかりに移動する。乗員は傾斜したデッキにしがみつき、右往左往...シメタ!このまま出られなきゃ!陸路でス~ィスイ!難儀な旅もお仕舞いじゃ~ぁ!なんて真剣に思ったものだ。だが不思議とヨットは窮地を脱するのだった。
ロックの水量が足りずゲートにも入れないときは、その場で半日近く待って水量が溜まるのを待った。その逆も!
ロックキーパーが言うには、今ゲートを開けたら底が閊えるぞ!次のゲートを閉めさせて水深を揚げさせるから マァ! ...1日ここで待て...! 
どう云う事かといえば、数キロ下流のゲートを閉める。徐々に水がここまで溜まって来ると水深が確保できると、云う算段だ。 ・・・ハァ...どうせ時間など、はき棄てるほど有るのだから...
徐々に狭くなる川幅に水草がペラに絡みつく。ゲートの中にも満杯の邪魔者は、到るところでビールを求める巡礼者を泣かせたものだった。ヨットはマストを横たえて上の邪魔者には対応しているが、水中のたかが水草!これにはずいぶん泣かされたのだ。
さらにおよそ2.5ノット近い流れが急な場所だった。写真のように岸辺の雑木の枝に舫を取るしかない。途中、どんなにしても村や町がなかったのだ。まる1日川下りが続き、夜が迫り仕方無しに、こんな場所で停泊したのだった。不思議なことに、安らかに寝れるのだ。人間いろいろ経験すると、慣れるらしい。ただ、この茂みがいきなりガサガサし、不意に人影が見えたりすると、さすがにヒィー(>ω<ノ)ノ怖い!何処から来たのか、大体は食用に釣りをする村人であった。
ノテチ運河の中間地点に GORZOW WLKP の街に停泊したときは、写真の階段状のスペースしか留めるところが無かった。しかも目の前の広場では数十軒のテントの下で様々なお店が商売をしていた。実はここでベルトを買ったのだが...見た瞬間 10Zt-300円!ヤャ!メチャ安い! しかも Lee とベルトに刻印がある。┬´ω`*)。oO(ヤッタ♪) てなもんで喜んだのだが...1ヵ月後ベルリンでジーンズを買いベルトをし鏡を見ると何か変である。よくよく刻印を眺めると、そこには...L66 と印してあるではないか!Leeでは無く L66!  e がひっくり返っていたのだ。中国製...
ちなみにジーンズなどの丈はフィンランドとポーランドは日本人サイズが揃う!そのほかは殆ど、松の廊下...今では珍しくない980円ジィ~('ェ')ンズ、このときも26Zt 1080円...店の主人が一回り太いのにしておけ!...よ、余計なお世話だ!...で、もって帰国して半年で履けなくなった。
およそ2週間、その先にはドイツとの国境を流れるバルタ川(Warta)に隣接するポーランド最終の都市コストシンが見えてきた。

2010/07/22

ポーランド横断!ノテチ運河の風

ポーランドを縦断するビスラ川の中継都市ビドゴチュチからブルダ川を経てノテチ運河ヘ。ビスラの大河から支流の川とNotce運河によりポーランドを横断する総延長300Kmにも及ぶルートなのだ!ビスラ川の中央部に浚渫コースの案内板と浮標ブイが見えるだろうか!これが左右の川岸に目印として建っているのだ。
これまでのビスラ川とは大違いで、水路は細く、緑の水草に覆われ水深も浅かった。都市部近隣の一部は整備され航行しやすいが、一歩そこを離れると全くの自然のままで成るように任せるしかなかった。ここはポーランド中央部にある BYDGOSZCZ の街。
ロックをくぐり町に入っていく。そこには綺麗に整備された町並みが、自然と共に待ち受けていた。今日の停泊はこの町の中心部。それも一番上等なスペースを誰に断るでもなく、当たり前のように舫ったのだ。目の前にはお誂え向きに、華やかしいリバーボートが待ち受けていた。
このリバーボートはレストランパブ。当然ながら上陸し、即ビール(4Zt 120円)を呑みに出かけた。私の大好物バーベキューチキン!1羽10~12Zt(300~360円)ハーフでちょうどいいサイズ!縦長の専用グリルでグルグルと10数羽の串刺しチキンが踊っていると、匂いに釣られてつい食べてしまうのだ。たぶんこの旅の最中に、少なくとも30羽は食べたかもしれない? だが夢には出ない...!
それとこの旅で初めて食べたブルーチーズ!臭いのだ...はじめてこれを見たときは衝撃のクサヤ状態だった。ビニールで包み、暫くほおって置く。チーズの周りが腐り溶けはじめる。3m先でも匂ってくるが、ソロソロ食べごろだとの合図なのだ!ナイフでどろどろを抉り取り、中身を切り出す。。゚(/□\*)゚。
安いがしびれるほど旨い赤ワィ~ンを片手に...口に放り込む!すると...
キャハ━━━━(#゚ロ゚#)━━━━ッ!! 極上の旨さが舌の上を這いずり回り、至高のひと時が訪れる! しかし屁へは絶対してはいけない!約束だ...
清楚な町並みに可愛いトラムが走り、土日はすべての商店がクローズ!観光客用の小さなお店、食料品店などが辛うじてオープンしていた。公衆電話は1.5mm厚のICカードでキオスクなどで購入する。日本にかけると、ものの数十秒しか繋がらない。銀行はシティバンクカード、買物は殆どの場所でビザが通用した。
この町で久しぶりの四ッ星ホテル POD ORLEN 294.50(Zt)ズルチ×30円
(1泊2名/2_bed room)でゆったりとシャワーを浴び寛いだ。Restlan 30Zt
(Main 25Zt/Beer 5Zt) ← 地ビールが150円(四ッ星価格)
後ろ髪を引かれながら町を出ると、これから先は自然に任せた川が続く。ブルダ川からいよいよ本命のノテチ運河に...この後、幾度も< On The Sand >が待っているとも知らず...

2010/07/16

遥かなるビスワの流れ!

イムジン河は、とうとうと流れているらしい。だが、このWisla(ビスワ)川は、表面はこそ薄茶色に濁りきった水に覆われて不動のように見えるが、とてつもない水量が流れているのだ。
ポーランドを縦断しバルト海に注ぐこの大河は、そのキャメル色の濁りを携えて、上流の護岸から削られた砂を川の流れに乗せ、そして砂洲を形成しながら下流域の大地を肥沃に潤していく。
ビスワ川は蛇行しながら、要所ヾに海へ注ぐ経済の結節点となる交易の場を増殖していった。小さくはあるが優雅で美しい古城や古の都市などは、ここを行き来する商人たちから通行税を徴収する事が主目的の一つとさえ言われている。
前回もこの砂洲をご紹介したが、グーグルアースにあまりにも見事に写っていたので再度取り上げてみた。図のように岸辺にはグリーン・レッド・イエローの標識により航行区域が指定されている。要するに右岸と左岸の標識が示す航路を走りなさいと、云う事だ。少しでも油断するとたちまち砂洲に乗り上げる。川幅が広いので流れに逆らいながら微妙な操船コントロールが要求された。
リバークルーズも運河の旅と同じに、違った意味で楽しいのだ。日本では想像もつかないスケールの水の流れは夕暮れ時になると新たな姿に変身するのだった。
此処から更に数日上流に進むとビスワ川からノテチ運河に。それはポーランド内陸への進入路でも有った。川と違い運河は幅狭く、またより近くに景色が迫ってくる。無人に近いロックゲートは朝にならないと開けて貰えない。
ビスワ川流域の風景とはまた違い陸上の内陸文化を楽しめる運河は、時には数日、また1週間と食料、ワインを求め自由市場を徘徊する。どんなに歩いても、夜には必ず見つけたパブなどで楽しんだものだった。